ばばカジカと少年

   橋本佳直 作・画

ヒユーヒユーヒユー
北国の冬は寒くて長い。
かやぶきの家や庭の木は雪のわた帽子をかぶり
あたり一面 銀世界が広がっている。
ぼくはソリ滑りや竹スキーをして日が暮れるまで遊んでいるが、
年老いた僕のおばあちゃんは、来る日も来る日も、いろりのそばで体を丸めて温まっている。

おばあちゃんは寒くて長い冬がすぎて、あたたかい春がやってくるのを待ち続けている。

そんなおばあちゃんに、春が来たことを一日も早く教えてあげようと春を探しに出かけた。
                        
川岸には、朝つゆに濡れたねこやなぎが、
朝日をあびて銀色に輝いている。
川の水はまだ足が痛いほど冷たい。
川の中を上流に登っていくと、大きな目と口をした魚が、
水の中からこちらをにらんでいる。
大きな口をあけて『ぼうず、こんな寒い日に何しにきた』と言った。
ぼくは、『おばあちゃんに春がきたことを、早く教えてあげたくて、
春をさがしに来たんだよ』と言うと、          
『そうか、私も長く生きて仲間からは、ばばと呼ばれているが、
ちかごろは春が待ちどうしくなったなあー』と言う。

ばあちゃんに、ばばカジカのことは聞いていたが
本当にいたのでビックリした。
ばばカジカは『わたしも一緒に春をさがしてあげよう』と言った。

拾ったバケツをばばカジカの方に差し出そうとすると、
カジカ達が大きな目で一斉にこちらを睨んでいる。
思わず『ウワー』と声をあげて足を滑らせ後ろにのけぞった。

『みんな私の子供や孫達だよ』
『私が捕まりそうになったら、みんなは体の色を目立つ色に変えて、
私を深みへと逃がしてくれるのよ』
ばばカジカを囲むカジカ達が、みな勇敢に見えた。

すると、ばばカジカは自分からバケツの中にジャボンと飛びこんだ。
ぼくはバケツをしっかり抱えて、ばばカジカの言う通り進んだ。
野山はまだ真っ白な雪で、おおわれている。
しばらく進んで、日当たりのよい、なだらかな斜面まで来ると
突然ばばカジカが『とまりなさい』と言って、
尾ビレでバケツの水を雪の上にパーとまいた。
すると雪がとけて、黄緑色の丸いものが顔を出す。
ばばカジカは『それは、ばっけ(ふきのとう)だよ』と教えてくれた。
春は雪の下に隠れていたのかーと思った。                               
さらに山の方へと進み、池の横をすぎると、
大きく背の高い杉林になる。
うっそうとして暗く、体が震えるほど寒い。
心細くなるが暫くすると杉林のトンネルを出て
目の前がパアーと明るくなる。
ぞうき林は葉もなく一面灰色の世界が広がっている。
ばばカジカが、とつぜん顔を林の方に向けた。
そして、今度は木に向けてバケツの水をパーとまいた。
するとツボミから黄色の花がいっぱい咲きはじめた。
ばばカジカは『それは春に、まず咲く、まんさくの花だよ』と教えてくれた。
風が運んでくれる花の香りは春のにおいがする。

どんどん山の奥に進んで大きな崖までやってくると、
とつぜん、ばばカジカがバケツから飛び出して岩に体当たりをした。
すると、岩がはがれ落ちて水がわき出してきた。
見る見るうちに滝になりザーザーと流れ落ちて、あたりが池のようになった。
わき水は温かく白くゆげが立ちのぼった。

すると、どこからともなく、森に住む生き物達が集まってきた。
ウサギ、タヌキ、ムササビ、フクロウ、タカ、カケス、
そしてクマまでもやって来た。
ばばカジカは多くの動物達の前で話はじめた。

『おーい みんなー私のように長く生きられるのは、
自然豊かな森があり、綺麗な水があるお陰なんだ。
木から落ちた葉っぱは地面に積み重なり、多くの水を
貯えてくれる。
川に流された葉っぱは、多くの虫たちの餌になり、
その虫たちが、私達の大切な食べ物になるんだよ。 
豊かな森があるお陰で、水にも食べ物にも不自由なく安心して生きられるんだよ』

クマが『そうだ、そうだ』と言うと、
まわりの動物たちも一斉に声を上げた。 

『このぼうずは、春を待つおばあちゃんに、春が来た
ことを教えてあげようと、私といっしょに春を探しに、
ここまで来たんだよ。
このぼうずの、おばあちゃんは、本当に幸せじゃのー、なーみんなー』
みんなが『そうじゃのー』と声をそろえて言った。
『ばあちゃんが、喜んでくれたらぼくも嬉しいよ』

『そうだろうとも、人の喜ぶことをしてあげると、
自分も嬉しくなるんだよ。すべての生き物は、
この豊かな自然があるお陰で生きられるのだから、
人間だけでなく、生き物すべての喜ぶ事をしてあげてごらん。 
すると、みんなが喜び、みんなが幸せになるんだよ』

クマが『おれ達も幸せに暮らしたいんだよ』と言うと、
みんなが『おれ達も、わたし達も』と声を上げた。


今のぼくには、どうしたらいいのか解らないが、
みんなのために、何かしてあげたい気持ちになった。

ばばカジカが川に戻ると仲間のカジカ達が出迎えてくれた。

『おばあちゃんを思う、やさしいおまえに、いいものをあげよう』
横にある大きな石の方を見て『この石を上げてごらん』と言った。
ぼくは言う通りに冷たい水の中に手を入れて、
大きな石をそーっと立てるようにおこした。
すると、石のうらに金色に輝くものが、水の流れの中に
キラキラキラとゆらめいている。
あまりの美しさにみとれて、じぃーとしていると、
『それは、私の卵だよ』 
『こんな大事なものを貰っていいの』  
『いいんだよ、春を待つおまえのおばあちゃんに持っていってあげなさい』

ぼくは、石からそっとたまごをはがし、両手を広げて
すくいあげるように持ち上げた。          
手の上の卵が金色に美しく輝いている。
手から落とさないように急いで家に帰る。

クツに入った水の音がジャボ、ジャボ、ジャボ…
『ばあちゃん、ばあちゃんこれみて』
ばあちゃんはびっくりした顔で、
『ほんぬ 春っこさ きただべ〜』と言った。

そして、雪の中から『ばっけ』が出ていた事や、
山に『まんさくの花』が咲いていたことを教えると、
ばあちゃんは顔をしわくちゃにして
春いっぱいの笑顔でほほえんだ。

 おしまい

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