月の光が山里をてらす静かな夜
大きな大きなイチョウの木がドスンドスンと歩いてきて
花の咲いてる道ばたで休んだ。
大きなイチョウの木は『あすはどんな子と会えるかなー』
と言って眠りについた。

小鳥たちがにぎやかにさえずり、お日さまが顔を出すと
大きなイチョウの木は『ファー』と大きなあくびをして
目を覚ました。
『さてさて どんな子が来るかしら』
『なかなか やってこないわねー』

やがて昼もすぎたころ一人の少年が下を向いてやって来た。
イチョウの木は少年に声をかけた。
『どうして悲しそうに歩いているの』

少年は声のする方に顔をあげた。
大きなイチョウの木が一本立っているだけで
どこから声がするのかわからずキョロキョロしている。
『私よ…君の目の前の木なの』
少年はビックリして
『何だよーこんな所に木なんか無かったよ』

『おどろかせてごめんね』
『きのう ここにやって来たのよ』

『もしかしてボクを食べるの』

『そんなことしないわ 安心して』
『こわそうに見えるけど 本当はやさしいのよ』
『どうして悲しそうに歩いていたの』

『ぼく学校で友達にいじめられたんだ』

『ふむふむ…私がだっこしてあげるよ さあーおいで』
少年がおそるおそる木に近づくとイチョウの木はそおっと
やさしく抱きしめた。
少年も両手を広げて抱きついた。
すると悲しみがすーっと消えてしまった。

『気分はどーお』
『とっても気持ちいいよ』
少年は足もかろやかに飛ぶように家にかえるとすぐに
『おかあさーん』と言って
帰りみちでのことを話した。
お母さんは『よかったわねー』と言ってぱっと手を広げた。
少年はお母さんの胸に抱きついた。
お母さんは子供の体から不思議なぬくもりを感じた。

そこへ妹が泣きながら帰って来た。
お母さんは『どうしたの さーあいらっしゃい』と手を広げて
だっこした。
すると泣いていた顔がパッと笑顔になった。

お母さんは子供達が明るくなって
楽しそうにしているのを見て嬉しくなった。

次の日お母さんと一緒に大きなイチョウの木があった所に
行ってみた

すると木は無く黄色くなったイチョウの葉っぱが1枚落ちて
いた。

風がスーとお母さんの黒いかみの毛をゆらすと
頭から1本の白いかみの毛が宙に舞った。

その時少年は大きなイチョウの木がぼくの悲しみを吸い込んで
黄色い葉を枝から落とし、お母さんは妹の悲しみを
吸い込んで白いかみの毛となって落ちたのかなと思った。

少年はお母さんに
『お母さん ぼくが悲しくなった時
 いつでもお母さんに抱っこしていい』とたずねた。
『なにも配することはないよ…これからもいっぱい 
 いっぱいだっこしなさい』

いっぱいの葉っぱをつけた大きなイチョウの木は
ドスンドスンと山を越えて行った。

もうすぐみんなのところにも行くからね。
大きなイチョウの木を見つけたらだっこしてね。

おしまい

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