俊平は小学5年生でばあちゃんと二人で那賀町という町で暮らしていた。

春の風がビュービューと音を立てて吹く日の夕方
俊平が家でテレビを見ていると庭でバタバタと変な音がする。

『なんだろう』と言いながら庭に出てみると大きな鳥が翼をばたつかせて苦しそうにもがいている。
俊平が近づくと大きな鳥が『タスケテー・ピーピー』と泣きながら助けを求めた。
俊平が『だれー…どしたん』と聞いた。

すると鳥は『ぼくはピース』と言った。
故里のロシアのアムール川流域から徳島県の那賀町に両親と一緒に渡って来ていたナべヅルだった。

『水路の近くで食事していたら翼に糸が巻き付いて飛べなくなったんだよ』
俊平は『ばあちゃん…ばあちゃん』と大きな声を出して家の中に入っていった。

ばあちゃんは『どしたん…そんなに慌てて…』と言って庭に出ると『ありゃー大変じゃー』と言った。
『どれどれ…ばあちゃんが見たるけんな』と言ってピースに近づいた。
ピースはおばあちゃんは悪い人ではないと直感して
おとなしくした。

魚を釣るルアーがピースの翼の付け根に突き刺さり
釣り糸がぐるぐると巻き付いていた。
おばあちゃんは『俊平ハサミを持ってこい』と言った。
俊平はすぐに家に飛び込んで走って戻って来た。
『ハサミ持ってきたよ』と言ってばあちゃんに手渡した。

ピースの両親は上空を心配そうに『クイー・クイー』
鳴きながら見守っていた。
ばあちゃんはルアーを外して翼に絡まっている釣り糸をハサミで切ってはずした。
釣り針が深くまで食い込んでいたので傷口から血が出ていた。
俊平は消毒薬をもって来ておばあちゃんに渡した。

おばあちゃんは傷口を消毒した。
若い時に看護師さんをしていたので手慣れたものだった。
ピースは翼を羽ばたかせてピースの両親の方に向かって飛ぼうとしたが飛ぶ事は出来なかった。

上空を心配そうに見守っていたピースの両親が庭に降りてきて ピースの側に寄ってきた。
『助けて頂いて良かったわね』
おばあちゃんと俊平に向かって
『助けて頂いてありがとう』と言って
『私たちはもうすぐ故里に旅立たなければなりません…お願いですから…どうか飛べるまで世話をしてやって
下さいませんか』と言った。
ばあさんは『心配せんでええわ』
俊平は『僕もばあちゃんと一緒に世話するから』と言った。

ピースの両親は心配で毎日家までやって来て見守っていたが数日後に家の上空を
何度も何度も『クルルル・クルルル』と鳴きながら回って空高く飛んで行った。
ピースは『ピーー・ピーー』と鳴いて翼を羽ばたこうとするが痛めた翼は動かなくて見送るしかなかった。

ピースはしばらくの間元気をなくしていた。
俊平はピースを雨風から守る為に小屋を造ってあげた。
ピースが寂しがるだろうと思って話し相手にもなった。
ばあちゃんと俊平は毎日ピースの世話をした。
ピースはその甲斐もあって少しづつ良くなり飛ぶことは出来なかったが家の中に入って来て、いたずらする程になった。
ある時は仏壇の供え物を食べたり、じいちゃんの位牌をひっくり返してばあちゃんに叱られたりもした。
時には俊平と一緒にお風呂に入ったり
俊平が寝坊するとクチバシで頭を突いて起こしてくれた。
ばあちゃんは買い物に行く時になると何時も財布をどこかに置き忘れて家の中を探しまわっていた。
ピースはおばあちゃんの行動をよく知っていてばあちゃんが買い物に行こうとするとすぐに財布を渡してくれた。
ピースの翼の傷も治り少しづつ飛べるようになり
夏が過ぎて11月も近づきピースの両親がやって来る頃になった。

そんなある日ピースが空を見上げて『クルルルル…
 クルルルル』と鳴いた。
ばあちゃんと俊平は外に飛び出して空を見上げると遠くのほうから3羽のツルが飛んでくるのが見えた。
飛んでくるツルの姿がだんだん大きくなり、やがて家の上空を数回まわって降りてきた。
ピースは飛び跳ねて喜んだ。
ピースの両親はピースのそばにやって来て元気になっているのを見て『クルルル・クルルルル』と鳴いた。

ピースの両親はおばあちゃんに『助けて頂いてほんとうにありがとう』とお礼を言った。
両親のそばには今年誕生した妹のカンナがいた 。

『お兄ちゃんだいじょうぶ』
『うん…もうだいじょうぶさ』

4羽揃って飛び立ち近くの田んぼで食事をはじめた。
餌場となっている田んぼはぐるりと民家に囲まれて狭く犬や猫が通ったり自転車や車が通ったりする所だった。

ナベヅルはそんな所に何故かやって来ていた。
俊平の家からはすぐ近くだったが、こんな所にやって来ているとは今まで気づきもしなかった。
狭い田んぼだが落ち穂や2番穂がいっぱいあったので
それを食べていた。
ナベヅル達は家族みんなで協力して順番で警戒しながら食事をしていた。
夕方になり食事が終わると飛び立って那賀川の浅瀬のねぐらに戻り眠った。
ピース達はとても家族の絆が強く何時も一緒で平穏な日々を過ごしていた。
ところが田んぼの持ち主のおじさんがやって来ておばあちゃんに『この秋から稲を刈った後の
田んぼで野菜を作ろうと思ってるんじゃー』と言った。

俊平は『おじさん…ピース達の餌がないようなってしまうな〜』おばあちゃんも『何とかそのまま置いてもらえんやろか』
おじさんは、すまなそうに『わしらも生活がかかっとーけんなー』と言った。

それから春がやってきてナベヅル達は故里へ帰る季節となっていた。
ナベヅル達は家の上空にやって来ると『クルルルル』と鳴きながらやがて空のかなたへと消えて行ってしまった。
おばあちゃんと俊平は『元気でなー…また来いよー』と叫んだ。
おばあちゃんと俊平は涙があふれピース達が消えた空を眺め続けた。
やがて空も暗くなり家へと入り言葉少なく食事をして俊平とおばあちゃんは寝たが俊平はまた涙が流れた。
俊平はしばらく元気がなかったが
『きっとまた秋には戻って来るわ』と言い元気を取り戻した。

やがて6年生になり学校へ通う毎日を送った。

そして半年が過ぎてやがてナベヅルの親子がやって来る秋となった。
俊平はある天気の良い日に学校から帰ると空を見上げていると『クルルル…クルルル』と鳴き声がした。
俊平はピースの家族達だとすぐに解った。
4羽のナベヅルがやって来て家の周りを回ってから家の庭に降りてきた。
俊平は『ばあちゃん…ばあちゃん』と呼んだ。
ばあちゃんは家からあわてて出てきた。

『無事にもんて来て良かった良かった』と喜んだ。

しばらくしてピースはクチバシを背中に入れて小さな物を取り出しておばあちゃんに渡した。
ばあちゃんは手に取り『これなんで?…骨かいな』と言った。
気になったばあちゃんは世話になっていた病院の
先生に持って行き調べてもらうことにした。

すると先生は『これは間違いなく人間の骨ですよ…
小指の骨ですなー』と言った。
そして先生は『DNA鑑定をしてみましょう』と言った。
おばあちゃんは『先生にお任せします』と言って家に帰った。

数週間後おばあちゃんは先生にすぐに来るように言われ俊平と一緒に病院まで出かけた。

先生は『この骨はあなたのご主人の骨と思って間違いありませんよ』と言った。
おばあちゃんはビックリした。
何のことだか訳がわからなくて二人ともキョトンとしていた。

ばあちゃんは先生に『じいさんは第二次世界大戦が終わって満州でソビエト軍につかまってしもて
シベリアに送られて病気で死んでしもうたんよ』
『まだ骨が見つかっとらなんだんよ…なんでピースが持ってきたんやろ…』と言ったまま黙り込んだ。

先生は『ピースは家族と共にアムール川の方へ戻って
ピースのお嫁さんでも探す為にシベリア中央部に行き骨を見つけて持ってきたのではないでしょうか』
ばあちゃんは『ピースにじいさんの骨なんか解らへんのちゃうけ』と言った。

俊平は『ピースが家の中で悪さをした時じいちゃんの遺品の臭いを覚えとったんちゃうやろか』と言った。

国の協力によりピースに発信器をつけて人工衛星で骨のあった場所を探すことになった。

俊平はピースに『骨のあった所まで案内したってね』と頼んだ。

春になりピース達はシベリアに向けて旅立っていった。
おばあちゃんと俊平は飛行機でロシアのシベリア中央部に先に行ってピース達を待つことにした。

ピース達は中国やロシアで何度か休憩をとりシベリア中央部までやって来た。
そして骨のあったところに無事に降り立った。
みんなは車でピース達のもとへとかけつけた。
ピースがクチバシで突いている所を皆で掘るとたくさんの骨が出てきた。
調査員の人たちはとても驚いた。
『こんな事は滅多にないことなんですよ』

調査員の人は俊平に『このシベリアの地におよそ60万人の人が捕虜として抑留され6万人の人が亡くなり
未だに多くの遺骨が戻っていないんだよ』と教えてくれた。

みんなはピース達に深々と頭を下げて『本当にありがとう』と礼を言った。
ピース達は『クルルルークルルルー』と鳴きながらアムール川中流まで帰って行った。

集めた骨を全部持ち帰って調べるとおじいさんの骨の他にも50数人分の骨があることが解った。
それらの骨は身元が判明して、それぞれの遺族のもとに引き渡された。
ばあちゃんは仏壇の前に座ると『じいちゃんの遺骨が戻るまでは死なれへんわ』と何時も言っていた。
60年目にしてじいちゃんの遺骨をお墓に納めることが出来て長い間の念願がかない涙がこみあげてきた。

ピース達には本当に感謝の気持ちでいっぱいになり
『おおきに…おおきに…』と何度も言った。
俊平は『良かったなーばあちゃん』
ばあちゃんは『じいさんの遺骨も、もんてきたし何時死んでもええわ』と言った。
ピースは『ばあちゃんそんなこと言わないで
俊平の赤ちゃんを見るまでは生きててね』と言った。
ばあちゃんは『そーやなー 俊平の赤ちゃんも…
ピースの子供も…そんなら まだまだしなれへんわ』と
言って『ハハハハハ』と笑った。

おじさんは遺骨が戻った話を聞いて
『これからもナベヅル達の為に稲を刈った後の田んぼを
 春までそのままにしておいたるわ』と言ってくれた。

近所の人達もナベヅルの家族が安心して過ごせるように
田んぼの整備をしてくれた。

その年の秋にはピース親子は8羽の大家族となりやって来た。
驚いたことにピースはお嫁さんと子どもを連れていた。
ピースはとても幸せそうにみんなで食事をはじめた。

俊平やばあちゃん、そして近所の人達は春になって旅だって行く日まで、みんなで温かく見守っている。

  おしまい

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