なかちゃんの冒険

なかちゃんは ある年の秋晴れの日
徳島県の那賀川下流にひょっこりと現れて、
なぜかこの川が気にいり住みついていた。

なかちゃんは北太平洋のベーリング海で生まれ育った
アゴヒゲアザラシで遥か彼方のここまでやって来て、
みんなに「なかちゃん…なかちゃん」と呼ばれ愛されていた。

なかちゃんは綺麗な海や川で魚やカニやエビなどを食べて腹いっぱいになると
川の中州で体を休めた。

寒い冬も過ぎて暖かくなりそろそろ故里の海に帰る時が近づいていた。

川の水は「つるぎ山」の雪どけ水を集めて水量を増していた。
中州から川に入るととても気持ちよかった。
その冷たい水には故里のなつかしい香りがした。

なかちゃんは心地良い水が流れてくる方へ
どうしても行ってみたくなり香りに誘われるように上流へ向かって泳ぎはじめた。

どんどん進むとやがて川口ダムの
大きなコンクリートの壁が目の前に現れた。
岩の上にあがってどうしようかと
まわりをキョロキョロとみまわしていると。

遠くのほうから『なかちゃーん』と呼ぶ声がする。
子供達が『なかちゃーん』と言いながらかけよってきた。
レンゲやタンポポがいっぱい咲いている田んぼに
近くの幼稚園の子供達とおねえさん先生が遊びに来ていて岩の上の
なかちゃんを見つけたのだった。

おねえさん先生がなかちゃんに
『どうしてこんな所にいるの』とたずねた。
なかちゃんはここまで来たわけを話した。
するとそれを聞いた子供達は『なかちゃんに道をおせたって な先生』と言った。

『そうね 』と言うとみんな賑やかにレンゲ畑をかけだした。

ダムの横を通り過ぎると桜の花がいっぱい咲いている。
なかちゃんは生まれて初めてみる桜におどろいた。
『うわーきれいやねー』
ダム湖そばにある桜がまんかいの広場についた。

するとおねえさん先生が少女の手を引いて近づいてきた。
『はるちゃん なかちゃんだよ』と言うと
少女はそーと手をさしだしてなかちゃんの
りっぱなヒゲ、大きな目そしてまん丸な頭、
大きな体を小さな手でやさしくなでた。

少女はかわいい声で『なかちゃん』と言った。
おねえさん先生はビックリした。。
『はるちゃんは今まで一度も言葉をはっしたことがないんよ』と言った。
子供達みんなが『はるちゃんがしゃべった』
『はるちゃんがしゃべった』ととびはねて喜んでいる。
お姉さん先生は『よかったねー はるちゃん』と言ってだきしめた。

なかちゃんはそれを見てとてもうれしくなった。
みんなとお別れして広場からダム湖にスーと入って行くと子供達は
『なかちゃん がんばりよ〜』と元気な声で見送ってくれた。
子供達の声はなかちゃんが見えなくなるまで続いた。

なかちゃんは子供達の声で後ろから押されるように
上流へと進んだ。

陸の上はちょっとにがてだが水の中はとても速く
進むことができた。
しばらく進むと長安口ダムの大きく高い壁が目の前にあらわれた。

『うわーどうしよう』
『こまったわー』
キョロキョロしていると頭の上の方から
『じいさんや もうろくして おちこんだんかい』
と言っておばあちゃんが近づいて来て手を差し出した。
『はよう…つかまり』
それでなかちゃんが手を出すと
『じいさんや…てあし みじこうなってどしたんよ』
と言いながら上にひっぱりあげてくれた。

おばあちゃんはなかちゃんの手を引いて家までつれて帰った。
おばあちゃんが『まさ子さん』と声をかけると中から
女に人が出てきた。
まさ子さんは『りっぱなヒゲにクルリッとした目、
そしてツルリッとした頭も亡くなったおじいちゃんに
よう似とんな』
『おばあちゃんは…なかちゃんをおじいちゃんだと思ってるのね』と言った
なかちゃんはまさ子さんに向かって
『失礼しちゃうわ…私はレディーなのよ』
『あら…ごめんね』
なかちゃんは
『私みんなに美人って言われてるのよ』言った。
まさ子さんは
『それじゃー おじいちゃんがアザラシだったらきっと
 男前だったんやろね』と言って
『ハハハハハ』と大きな声で笑った。
『でもどうしてこんな所に来たん』
なかちゃんはここまで来た訳を話すと上に行く道を案内してくれた。

まさ子さんはおばあちゃんに『おじいちゃんはこれから仕事に行くんじょ』
『だから一緒に見送ったろな』と言った。

おばあちゃんはなかちゃんの手を握りしっかりとした
足どりで坂道を先に進み案内してくれた。

トンネルを3つぬけるとダムの上についた。
おばあさんは『じいさんや きいつけて しわしわいきよ』と言って見送ってくれた。
まさ子さんはかるく頭を下げて手を振った。
なかちゃんはおばあちゃんが見えなくなる所まで進むと
ガケをすべってダム湖へと入って行った。

『ドボン』 と大きな音がした。
すると『バタバタバタ』と音を立ててオシドリたちが
ビックリして逃げた。
しばらくするとオシドリ達はおそるおそる私に近づいてきた。
1羽のオシドリが『あなたは どこからきたの』と聞いた。
なかちゃんはオシドリにここまで来たわけを話した。

話を聞いたオシドリたちは相談をはじめたが
上流の方まで案内してくれることになった。

オシドリたちは夫婦仲良く離れることなく
いつも一緒に泳いでいる。
『私も故里に帰ったらいいボーイフレンドを
 見つけなくちゃー』となかちゃんは独り言を言った。

広いダム湖を過ぎると川も次第に狭くなった。
しきび谷温泉という所までやって来ると
オシドリたちが騒ぎ出した。

上流を見ると少年が水の中でバシャバシャと
もがき苦しんでいる。
なかちゃんは近づいて体をグルッとまわすと
少年を自分の腹の上にのせて川岸まで泳いで
石の上にそろっとおろした。

少年は助かってほっとしたが目の前に
大きななかちゃんがいたのでビックリして『わあー』と声を出した。

さわぎを聞きつけた温泉客が
『どしたん、どしたん』と言いながら集まってきた。
なかちゃんは少年に
『どうしたんだい』と聞くと
『その石の上から滑って落ちたんよ』。
『おじいちゃんが山で木を切っとってケガしたんよ』
『寝とるじいちゃんに魚を食べさせたろと
 思ってとりに来たんよ』と話した。

するとなかちゃんは川の中にスーと入っていくと
深いふちにもぐり一番大きなアメゴを
口にくわえてもってきて、
『これ おじいちゃんに持って行ってあげて』と
さしだした。
少年は大きなアメゴを両手で抱くようにかかえて
『なかちゃんありがとう』と言って
坂道を登り家へと帰って行った。
温泉客はなかちゃんを手をふって見送ってくれたが
みんな、すっぽんぽんで立っていたので、
『フフフフフ』と小さな声で笑ってしまった。
だんだんせまくなっていく川を気持ちよくスイスイと進んだ。

やがて「つるぎ山」の頂上が見える所までやってきた。
オシドリ達はなかちゃんに
『ここまで来たら私たちにはもう用は無いね』
『気をつけて行きなさいよ』と言って
下流へと戻っていった。
なかちゃんは一人ぼっちとなり先へと進む。
大きな木が一本そびえている所までやって来ると
木の上からクマタカさんが『オーイ おまえどこへ行 くんだよー』と大きな声で叫んだ。
クマタカさんにもここまで来た訳をはなした。

『そうか…でももうすぐ行った所にホラ貝の滝という大きな滝があるぞ』
『そこは…こえることが出来ないの』
『そうじゃのー… 無理じゃないかな〜』
『でもワシの友達のクマさんに頼んでみようかのー』

そう言うとクマタカさんは大きな翼を広げて
バッサバッサバッサと音を立てて飛んで行ってしまった。
しばらくすると友達だと言うクマさんを連れてやって来た。
『なんと…つるぎ山の頂上まで行くというのはこいつか』
『えらい手足が短いのー』『だいじょうぶかいのー』

クマさんはしぶしぶ『ついてこいや』と言って先に進んだ。
なかちゃんはクマのあとについて川を登った。
しばらく行くと大きな滝がゴーゴーと音を響かせている。
あまりの凄さになかちゃんは
『これじゃー…登れないかも』と弱音をはいた。

クマタカさんが『やめた方がいいんじゃないか』
クマさんは『あんた どうするんじゃー』と言った。
なかちゃんはさっきまでは登るつもりだったが
あまりの高さにぼうぜんと立ちすくんでしまった。

なかちゃんはクマタカさんに
『頂上はどんな所なの』と聞いてみた。
『そりゃー花が咲いて眺めもよくとってもいいとこだよ』と言った。

なかちゃんはクマさんに向かって
『やっぱり登ってみます』
『そうか、それじゃー仲間を呼んで来るからまっとれ』と言うと崖をガサガサと登っていった。
しばらくすると仲間を連れてやってき来た。
クマさんは歩きやすいように道を作ってくれた。

なかちゃんはそのあとから前へ前へと進んでゆく。
すべりそうになると後ろから来るクマさんが鼻でおしりを押してくれた。

クマタカさんは空の上から歩きやすい道を見つけて
案内してくれている。
とても険しい登り道だったがクマさんたちに
助けられながらどんどん上へと進むことができた。

なかちゃんは山を登りながらブナの落ち葉から
心地よい香りがしてくることに気がついた。
『河口の水に感じたなつかしい香りはここからだった のね』とつぶやき
『クマさんはこんないい所に住んでいて幸せね』
と言うとクマさんは
『そりゃーいいにきまってるさ』と言った。
さらに登りつづけるとやがて笹原へと出た。
広い笹原を抜けると一匹の犬がこちらを向いて立っていた。

クマタカさんから話しを聞いてかけつけて来た
「つるぎ山」を見守るハッピーだった。

ハッピーはなかちゃんをクマさんといっしょに頂上まで案内した。
クマさんはとても疲れてへとへとになった。
なかちゃんも手足や腹がけわしい谷や山道で
傷だらけになっていた。
でもその痛さを忘れるぐらい頂上の眺めはとても綺麗だった。
『本当に来てよかった』
『クマさんクマタカさん ありがとう』
『クマさんやクマタカさんのことは
 ずっと忘れることはないでしょう』
『ここまで来るとちゅう出会った子供達や
 おばあちゃん、それにオシドリさん達のことも…』

故里から遠く離れた地にも多くの友達がいることを
知りとても幸せで胸がいっぱいになった。

クマさんとクマタカさんは なかちゃんに
『気をつけて帰るんだぜ…元気でな〜』と
別れをつげると帰って行った。

花の香りをのせた風がサワサワサワとササの葉を
ゆらしながら通り過ぎていく。
なかちゃんは鼻をクンクンとならすと
大きな体を故里の方に向けて遠くをジーッと見つめた。
遠き故里が思いだされて涙がスーと落ちた。

涙が乾くと、なかちゃんは来た道をゆっくりと
戻っていった。

おしまい
                        
なかちゃんは2005年11月2日に那賀川の中州で寝そべっているところを発見され
元気に過ごし多くの方に愛されていましたが2006年8月27日残念ながら死骸で発見されました。
徳島動物園で解剖調査されましたが死亡原因は解らなかったようです。

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