『ケンタ…はよ起きよ』
『まだ…ねむたいわー』
『あかんわ…いつも…遅刻しょんのにー』
しぶしぶケンタは目をこすりこすり起きてくる。

毎日がこのようにして始まっていた。
ケンタはわじき小学校の3年生で朝がにがてな少年だ。
学校の勉強はあまり好きではなく
学校が終わって帰り道に冒険をしながら帰るのが大好きだ。

ある日の帰り道、草むらから泣く声がきこえてきた。
近寄ると黒いものがチョコンと顔を出した。
『なんなー』
可愛い目でこちらを見て『キャンキャン』と泣いた。

『なんじゃー…子犬か』
しばらく何も食べていないらしく、だいぶ弱っているようだった。
『このままほっといたら…死んでしまうかなー』
『ほんでも家に連れていんだら…ぜったい怒られるわー』

1年生の時に捨て犬を拾って帰って父さんに怒られたことがあった。
今度も拾って帰ったら怒られに決まっていると思い
じっと座りこんで子犬を見ていた。

『いのか…』と言って背を向けると
『キャンキャンキャン』と悲しそうな目をして泣く。
ケンタはたまらずにスーと子犬を抱きかかえて
家に向かって歩きだした。

子犬を置いてその場をはなれることが出来なかった。
怒られても飼うことを許してくれるまで父さんに
お願いするしかないと思った。

家に帰るとすぐに子犬を父さんに見せた。
『父さん父さん これ見て』
『クマかー?』 『子犬や』 『どうしたん』
『道ばたで今にも死にそうやったから…ひろてきた』
『ほれ…今にも死にそうなでー』
『ほんまやなー…ぐったりしてもうあかんのちゃうか?』
『置いてくるんも可愛そうやけん…しょうがないわー』
『ほんなら…こうてもええんやな』
ケンタは怒られずにすんでほっとした。

帰り道に子犬に向かって『たのむけん死にそうなふりしときよ』と何度も何度も言い聞かせたのだった。
その為か、ほんとうにぐったりとして今にも死にそうにしていた。
すぐにミルクを飲ませてみた。
『ワンちゃん…まけまけいっぱいやけん…はよのみー』
『キャンキャン』とないてうまそうに飲みほした。

死にそうにだったのにすぐに元気になったので父さんはビックリした。

ケンタは次の日からは子犬のことが気になり自然と早起きになっていた。
だから母さんに怒られることもなくなっていた。

ケンタは兄さんと隣の公園でテニスをして遊んでいた時
スマッシュと言ってボールを打つと『キャンキャン』と飛び跳ねて喜ぶのでスマッシュと呼ぶことにした。

ケンタはスマッシュと遊びながらいろんなことを教えた。
スマッシュはケンタの言うことだけでなく皆の言うことも聞いてくれた。

ある日のこと母さんが
『ケンタがハンカチ忘れていっとるわ』と言ってハンカチを手に持つとスマッシュが口にくわえてケンタの後を追った。
父さんが『おーい…車のキー持ってきてくれ』
と言うとスマッシュが口にくわえて持っていくのだった。
ケンタはスマッシュと強い信頼で結ばれていたが
5年生の夏のある日学校から帰ってくると、いつもならスマッシュが入り口から飛び出して来るのにやって来ない。
『スマッシュ…スマッシュ』と大きな声で呼んでみたがやっぱりこない。
母さんや父さんに聞いても知らないという。
暗くなるまで探したがどこにもいなかった。

次の日にも帰ってこなかった。
そのうちきっと帰ってくるだろうと思ったが
とうとう帰ることはなかった。
ケンタはスマッシュをとても信頼していたので裏切られた気持ちで悲しかった。
ケンタの心の中に大きな穴がぽっかりあいて
悲しい日々が続いた。

月日が過ぎてケンタは中学校、高校そして大学と進み
大学4年生の夏休み友達のテツヤと一緒に剣山に登ることになった。
テツヤが古い民家の調査で祖谷の里を訪ねた時に蔵の中でゴミに汚れた箱の中から地図と
不思議な歌のようなものが書かれた紙を見つけて平家の埋蔵金が隠されている場所か
ソロモンの秘宝8千億円が隠されている場所を書きしるしたものに違いないと信じていた。
ケンタが冒険好きだったので、テツヤがケンタを剣山の宝探しに誘ったのだった。

曲がりくねった道をバスにゆられて剣山の登山口についた。
『今日は天気がええなー』とケンタ
『そうやな、何かええことありそうな空じゃな』
とテツヤが言うと先にどんどん登りはじめた。

息が荒くなり口数もへって頂上付近の岩場までやって来ると見覚えのある犬が岩の後ろからスーと目の前に現れた。

ケンタはその犬を見てすぐスマッシュだと思った。
スマッシュが家からいなくなって8年もたっていたが、しっぽをふって飛びついてきた。
ケンタも嬉しくて思いっきりスマッシュを抱きしめてた。

ケンタはスマッシュの来た方には岩がそそり立っていて
『どっからきたんやろ』と不思議に思った。
スマッシュが山道を歩き始めたのでケンタと徹也もスマッシュの後について山道を登って行った。
しばらく行くと剣山の頂上についた。

『ラッキー』と遠くの方から呼ぶ声がする。
スマッシュが『ワンワンワン』となくと、まもなく若い女性が現れた。
ケンタは『こんにちは!』と言うと
女性も『こんにちは!』と言った。
ケンタとテツヤが挨拶を終え女性はサチコさんと言うことがわかった。
ケンタはサチコさんを見てとても爽やかな人だな〜と思った。

サチコさんにラッキーと呼ばれている犬がケンタが小学校3年の時拾って来たこと、
スマッシュと呼んでいたこと、そして突然いなくなったことを話した。

サチコはケンタと同じ大学の1年後輩で父さんが剣山の頂上ヒュッテで働いてたので休みの間
手伝いをしていることを話してくれた。
しばらく頂上ヒュッテで泊まる予定だったので
ケンタはすごく楽しくなってきた。
夜の食事も終わり外に出て夜空を見上げていると
『星きれいでしょ』と言ってサチコがケンタのそばに来た。
ラッキーも後からついて来た。
星がすぐそこにあるようで思わず手を伸した。
すると手に何かポトリと落ちてきた。
『星だ!!』
サチコは笑いだした。
『ラッキーのいたずらよ』
岩の上にいたラッキーが口にくわえていた花をケンタの伸ばした手にポトリと落としたのだった。
サチコは『とても珍しいキレンゲショウマという花よ』と教えてくれた。
その花は黄色で星の形にそっくりだった。
その時…はっと思った。
テツヤが見つけた紙に書いてある歌のような文句を思いだした。
【100歩きて、100歩下りて、100歩戻る
朝日輝き、夕日が照らす
光が岩を照らし、星がおちた
地の星が、暗黒に落ちた
海の向こうから何が来た
恵比寿、大黒、積みや降ろした】

地の星とはキレンゲショウマの花のことではないか…
でもそんなことはないか…

サチコはそっと花をつまみ鼻に近づけた。
すると白いチョウがその花にとまったので
『キャー』と声をあげびっくりした。
『アッハッハッハッハ』今度はケンタがわらった。
またラッキーのいたずらだった。
ラッキーがアサギマダラという渡りをするめずらしい
チヨウをそっとくわえて来て花の上に乗せたのだった。
窓からの明かりで羽の白い部分が空色に変わりとても
綺麗だった。
周りを見るとラッキーはどこかに行ってしまっていた。
ケンタとサチコも部屋に戻った。
次の日テツヤとケンタは朝から地図を頼りに宝探しに出かけた。
ラッキーも後からついて来た。
しばらく歩き小さいほこらから100歩進んだ所に大きな岩があった。
そこから100歩下に降りるとキレンゲショウマが斜面いっぱいに咲いている所に出た。
咲いていた花は夕べラッキーが持ってきた花とは少し違っていた。

ラッキーの持ってきた星の形をした花を探してみたが見つけることは出来なかった。
とうとうその日は宝を探し当てることは出来なかった。

それから2日間、へとへとになるまで宝を探し続けたがとうとう見つからなかった。
ケンタとテツヤはあきらめて次の日の朝に帰ることにした。

その夜ケンタはヘンな夢を見た。
【流れ星が剣山に落ち岩を突き破り洞窟に小さい穴が空き、キレンゲショウマがその穴から中に落ち根を下ろした。
その洞窟に宝物が運び込まれ大きな岩で隠され永遠の眠りについた。
そしてあの晩ラッキーが宝物が隠された洞窟の抜け穴から星型のキレンゲショウマの花をくわえて来て
ケンタの手のひらの上に乗せた】

テツヤの『帰るぞ』の声でケンタは夢からさめた。

帰る準備も出来てラッキーに別れの言葉をかけようと思って探したがどこにも見あたらない。
しかたなくラッキーのことをサチコさんに頼んで
山を下りバスで家に帰った。

学校も始まりケンタはラッキーのことが気がかりで授業の合間にサチコさんを探して聞いてみた。
『ラッキー元気か?』

『ケンタさんがいんでから、もんてきて何時ものように 山を登ってくる人の案内しよーわ』
『道に迷って困っとう人を助けたこともあるし、
ケガをして歩けん人を見つけたら知らせに来よったわよ』といろんなことを教えてくれた。


大学を卒業した後もケンタとサチコさんは交際を続けて
2年後にケンタはサチコさんにプロポーズをした。
サチコさんはこころよくOKしてくれた。
それから暫らくして急にサチコさんの父さんが病気でなくなりケンタとサチコが剣山頂上ヒュッテで働くことになった。

若く親切な夫婦と道案内をするラッキーが評判となり
登山者が大勢やって来るようになった。
ラッキーは登山者を喜んで道案内をしていたが
ゴミを捨てていく人を見たら『ワンワン』とほえて注意したり、また『あの犬は、山の花を持ち帰ろうとするヤツは、
わざと怖い所へ連れていっきょるんやと』とみんなの噂になっていた。
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大変忙しい毎日を過ごしていたラッキーだったが
夏のある日の朝いつもならケンタの所にちゃわんを
くわえて持って来るのに来なかった。

『ラッキーどしたんな〜』と言ってケンタとサチコは
探しに出かけた。
『ラッキー…ラッキー』と声をかけるが
やって来ない。

頂上の方へ目をやると黒いものが見える。
『あれー…なんじぇー… ラッキーちゃうけ』
走って近寄って見ると頂上の石がつみ重なっている場所でぐったりとして横たわっていた。
顔を近づけるとまだかすかに息があった。
ケンタは頭をなでてサチコはラッキーの背中に手を当ててさすった。
するとラッキーが足をゆっくりと伸ばした。
その足の下を見ると石の間に空きカンが見えた。
サビたカンを拾って見るとケンタには見覚えがあった。
『これは?』
ふたをとり中を見ると紙きれが1枚入っていた。
『あれーわしが書いたやつじゃー』

ケンタは紙きれを広げて読み始めた。
【ぼくの夢
ぼくは山が好きなので大人になったら山のよいところをみんなに教えるために山を案内する仕事をしたい。
わじき小学校5年  ケンタ】
と書いてあった。
これはケンタが5年生の時に夢を書いてカンに入れて柿の木の根元に埋めて置いたものだった。

『なんで…こんなとこに』
サチコは『きっとラッキーはこうなることを解っていたのね』と言った。
『ラッキーは僕とサチコの運命が解っとったんだろか?』ケンタとサチコの目から涙があふれ落ちた。
ケンタとサチコが見守る中ラッキーは静かに息を引きとった。

ラッキーを剣山で一番見晴らしが良く、きれいな花が咲いている所に埋めて
《剣山の案内人ラッキーの墓》と書いた木を立てた。
その前で一匹の犬が『ワンワンワン』と鳴いた。
ラッキーは1年前に見の越しのリフト乗り場から
捨て犬をくわえて来て育てていたのだ。
その犬にサチコがハッピーと名前をつけたのだった。

それ以来一緒に暮らしていたので最近ではハッピーも
同じように登山者の道案内をしていた。

ラッキーはきっと八千億の財宝のある場所を知っていて、ハッピーにも教えているに違いなかったが、
これからも剣山の自然を守るために誰にも教えることはないだろう。

ケンタは財宝より、もっと大切なものを手に入れラッキーの眠る剣山に一生を捧げる決心をした。

おしまい


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